塚原千恵子とは?女子体操強化部長兼朝日生命体操クラブ女子チーム監督

東京オリンピック
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塚原千恵子とは?


体操女子リオデジャネイロ・オリンピック代表の宮川紗江(18)が29日、自らへの暴力行為で日本体操協会から無期限の登録抹消と味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)での活動禁止処分を科せられた、速見佑斗コーチ(34)に関する一連のパワハラ騒動について、都内で会見を開いた。

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速見コーチのパワハラ否定

一連の報道の誤りを指摘。「馬乗りになって殴打は1度もありません」「髪の毛を引っ張ってひきずられたこと、たたかれて傷を負ったことはありません」などと反論。そして「私は速見コーチと一から出直し、再出発したい」と同コーチとの再出発を熱望した。

騒動の発端は、速水コーチの暴力行為を複数人が目撃し、報告を受けた日本体操協会が調査し、速水コーチ本人に聞き取りしたところ認めたため、今月13日付で無期限の登録抹消処分に至り、15日に懲戒処分を発表したことだった。



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塚原女子強化本部長からパワハラを受けた

速見コーチの指導で暴力があったことを認めないと「五輪に出られなくなる」と塚原千恵子女子強化本部長(71)に言われたことを明らかにした。

塚原千恵子の経歴・出身校は?

名前:塚原 千恵子(つかはら ちえこ)
旧姓:小田
生年月日:1947年8月12日
年齢:71歳
出身地:長崎県
出身校:長崎県立長崎西高等学校-日本体育大学
夫:塚原光男
子供:塚原直也




1967年の全日本学生体操競技選手権大会で個人総合優勝、全日本選手権でも5位に入賞した。

同年の1967年夏季ユニバーシアード(東京)女子団体で金メダルを獲得した。

1968年メキシコオリンピックに出場。

女子個人総合は19位、女子団体では4位入賞を果たした。

1969年には第23回全日本体操競技選手権大会、全日本学生体操競技選手権大会、NHK杯体操選手権で優勝、

1970年の第17回世界体操競技選手権では団体4位入賞メンバーとなった。

1972年現役引退し塚原光男と結婚、体操指導者としてオリンピック体操チームのコーチなどを歴任(1976年モントリオールオリンピック、1984年ロサンゼルスオリンピック、1988年ソウルオリンピック体操女子チームリーダー、2008年北京オリンピック体操女子監督)するとともに、 塚原体操センター副校長、朝日生命体操クラブ女子チーム監督として後進の指導育成に当たっている。

スポーツコメンテーターの小林信也氏の取材によると、過去にも同じように朝日生命に勧誘することがあり、実際クラブに入った選手もいると発言しており、初めてではないみたいだ。



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