佐藤浩市の学歴と経歴 出身小中学校高校や大学の偏差値

佐藤浩市
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3月8日、映画コメンテーターのLiLiCoが、映画「Fukushima 50」主演の佐藤浩市(59)にインタビューした際のツーショット写真をブログに掲載。

そこに写っている佐藤が老け込み、頬もこけ、あまりに“激ヤセ”しているように見えたことが大きな波紋を呼んだ。

佐藤浩市さんが話題ですね。

今回は、この佐藤浩市さんについてググってみました。

佐藤浩市とは?

佐藤浩市

本名

佐藤 浩市
さとう こういち

1960年12月10日生まれ
59歳
(2020年3月20日現在)

東京都新宿区出身

身長
182cm

血液型
A型

職業
俳優

所属事務所
テアトル・ド・ポッシュ

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■略歴

家族は父と母と妹との4人家族です。

父親は三國連太郎。本名佐藤政雄は結婚を4度経験。

母親は神楽坂で芸者をやっていました。

俳優の佐藤浩市は3番目の妻との間にできた子供である。

幼少時代、父の三國が家出という形で離婚し、母に育てられたため、三國との間には確執があった。

中学に上がる前には両親が正式に離婚。

三國さんは伊豆の十国峠に息子の佐藤さんを連れて行き、別れを告げた話は有名です。

三國とは1986年の26歳の時、映画『人間の約束』で初共演した。

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■学歴

小学校は公表されていません。

中学校は千代田区立九段中学校に進学し卒業。

高校は昭和第一高等学校(偏差値45)を経て、専門学校の多摩芸術学園映画学科へ進学。

しかし在籍中の1980年にNHK『続・続事件』でデビューし中退。

翌年出演した映画『青春の門』でブルーリボン賞新人賞受賞した。

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■デビュー後

1980年にNHK『続・続事件』でデビュー。

脇役の出演が多かったが、30代前半頃から『あ、春』『顔』『KT』での演技で好評価を得る。

2012年4月、東北芸術工科大学の文芸学科客員教授に就任した。

1986年にモデルの女性と結婚、一子をもうけるが、手塚理美との不倫騒動もあり3年後に離婚。

1993年に舞台女優の広田亜矢子と再婚。

いまの妻との間に生まれた息子・寛一郎も俳優の道に進んだ。

2008年

ANAの親子共演CMでは仲睦まじい姿を見せており、2009年に出演した『徹子の部屋』では父のことを「努力の人」と語っている。

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■激ヤセについては

「2019年9月くらいに大腸のポリープを取りましょうという話があり、年明けに内視鏡の手術を受けたのです。さらに、それを取ったとき、見えにくい腸壁の部分に痕のようなものがあることも分かった。それで、スケジュールが合う2月下旬にその削り取り手術もしたんです。トータルで1週間ぐらい絶食し、結構(体重減少に)効いたな、と」

そして2020年の1月下旬にはアニサキスに当たり、数日間食事が摂れなかったという。

結果、体重が5kg以上落ちたとインタビューに答えた。

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■主な作品

映画

『青春の門』/『敦煌』
『忠臣蔵外伝 四谷怪談』/『美味しんぼ』
『らせん』/『ホワイトアウト』
『KT』/『壬生義士伝』
『うつつ』/『亡国のイージス』
『ザ・マジックアワー』/『感染列島』
『誰も守ってくれない』
『少年メリケンサック』/『最後の忠臣蔵』
『起終点駅 ターミナル』/『愛を積むひと』
『64(ロクヨン)』

テレビドラマ

『炎立つ』/『横浜心中』
『天気予報の恋人』/『天国への階段』
『忠臣蔵1/47』/『新選組!』
『けものみち』/『官僚たちの夏』
『鍵のかかった部屋』/『陽はまた昇る』

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■まとめ

佐藤浩市さんの身長は182cmです。

最終学歴は昭和第一高等学校卒業で偏差値は45でした。

激ヤセの理由は、2020年1月アニサキスの食中毒と2020年大腸のポリープの手術でした。

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