加山雄三の本名 学歴と経歴 出身小中学校高校や大学の偏差値

加山雄三
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加山雄三がケアハウスに入居、若大将「83歳の終活」

「50年近く住んでいた自宅を出ていったようです。表札もはずされて、雨戸は閉まりっぱなし。普段から近所付き合いはなかったですが、引っ越しされるという挨拶も特になくて……」

加山雄三が高級住宅街の東京・世田谷の成城エリアに建てた豪邸から姿を消していた。

加山雄三さんが話題ですね。

今回は、この加山雄三さんについてググってみました。

加山雄三とは?

加山雄三

本名

池端 直亮
いけはた なおあき

1937年4月11日生まれ
83歳
(2020年4月29日現在)

神奈川県茅ケ崎市出身

身長
175cm

血液型
A型

職業
歌手・俳優

■略歴

家族は父と母と妹がいる。ふたり兄妹の長男です。

父は俳優の上原謙(池端清亮)、母は女優の小桜葉子(こざくらようこ・池端具子)。妹は池端亮子。

神奈川県横浜市で生まれ、小さい時に茅ヶ崎市に引っ越しをした。

大学卒業後の1960年春に東宝へ入社。

1960年 映画『男対男』で俳優デビューをした。

■学歴

小学校は地元の茅ヶ崎市立茅ヶ崎小学校に入学。

中学校も地元の茅ヶ崎市立第一中学校に進学。

中学卒業後は都立の日比谷高校、早稲田実業、慶應義塾高三校の学校見学に行き、プールが二箇所あること、伸び伸びした校風から慶應義塾高校(偏差値75)を受験し合格。

高校時代はボクシング、音楽バンドなどを始め、冬にはスキーを始めた。

卒業後は系列の慶応義塾大学法学部政治学科(偏差値70)へ進学。

慶應大学時代の1959年には、スキーで念願の国体蔵王大会に神奈川県代表として出場した。

大学卒業後は商社に就職する予定だったが、船を所有する夢を達成する為、俳優になる事を決めた。

■デビュー後

1960年 

映画『男対男』で俳優デビュー。

芸名の由来は、「加賀(百万石)・(富士)山・英雄・小林一三」から一文字ずつ拝借したと東宝のデビュー会見で報じられた。

1961年

映画「大学の若大将」に主演しヒット。

以降は、若大将はシリーズ化され人気俳優となる。

1965年

5枚目のシングルレコード「君といつまでも」が350万枚のミリオンセラーとなる。

1965年

「パシフィックホテル茅ヶ崎」を開業するが、共同運営会社が23億円の負債を抱え1970年に倒産。

約5億円の巨額負債を負う事となる。

ナイトクラブ、キャバレー回りをし、約10年で返済した。

1970年

女優の松本めぐみと結婚。二男二女をもうける。

1982年

「3代目光進丸」を設計。早美造船が船本体を建造し、内装は神戸装飾が製作した。

1986年

NHKの紅白歌合戦の白組司会を担当。

2018年4月1日夜、

安良里漁港から約30メートルの沖合で停泊中に出火し、全焼。

出火当時、光進丸には誰も乗船しておらず、死者、負傷者は出なかった。

2019年4月

82歳の時、運転免許証を自主返納した。

加山はかなりのゲームオタクであるが、プレイ中の反射神経の衰えから「運転が怖くなった」のが理由と答えている。

2019年11月12日

軽い脳梗塞を発症したため同月のコンサートを延期することを発表。

19日、後遺症なく退院した

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■主な作品

映画

『若大将シリーズ』
『椿三十郎』/『赤ひげ』/『乱れ雲』
『戦場に流れる歌』
『日本のいちばん長い日』
『八甲田山』/『零戦燃ゆ』

テレビ

『高校教師』/『江戸の旋風』
『翔ぶが如く』
『みごろ!たべごろ!笑いごろ!』
『加山雄三ショー』
『若大将のゆうゆう散歩』

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■まとめ

加山雄三さんの本名は池端 直亮(いけはた なおあき)

身長は175cm。

負債は約5億円でした。約10年で返済しました。

学歴は慶応義塾大学 法学部 政治学科卒業で偏差値は70でした。

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