橋本聖子の学歴と経歴 出身小中学校高校や大学の偏差値

政治家
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東京五輪・パラリンピック組織委員会は2月18日、理事会などを開き、女性蔑視発言で会長を辞任した森喜朗氏(83歳)の後任に橋本聖子氏(56歳)を選出した。

橋本聖子さんが話題ですね。

今回は、この橋本 聖子さんについてググってみました。

橋本聖子とは?

橋本聖子

出生名

橋本聖子
はしもと せいこ

1964年10月5日生まれ
56歳
(2021年2月18日現在)

北海道安平町出身

身長
161cm

血液型
B型

職業
政治家

所属先
自由民主党

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■略歴

家族は父親と母親、4人兄弟の末っ子族です。

父親の善吉さんはマルゼン橋本農場を経営しています。競走馬や乳牛を生産しています。

1964年の東京オリンピックの直前に生まれ、聖火にちなんで「聖子」と名付けられました。

3歳から父親の勧めでスケートを始めます。

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■学歴

小学校は北海道の早来町立早来小学校に入学しています。

※現在は安平町立早来小学校に改称。

小学校2年生の時に見た、札幌オリンピックの日本ジャンプ陣の活躍でオリンピックを目指します。

ところが小学校3年生の時に腎臓病を患って2か月間入院となります。

退院後も療養生活は2年間に及んで、体育の授業さえも受けれませんでした。

中学校は地元北海道早来町の早来(はやきた)中学校に進学しています。

小学校時代に腎臓病を患い、本格的にスケートの練習が出来るになったのが、中学2年生の時です。

この頃から苫小牧市内のコーチの自宅に下宿して、スケート競技に励んでいます。

競技を再開するとすぐに頭角を現して、中学3年生の時には早くも全日本選手権を初制覇しています。

高校は北海道の私立駒沢大学附属苫小牧高校(偏差値42)に入学しています。

1964年開校の駒沢大学系列の私立高校です。

高校時代は練習時間を確保するために、苫小牧市内のコーチの自宅に下宿しています。

1980年

高校1年生の時に、世界ジュニア選手権の日本代表メンバーに選ばれています。

1981年

高校2年生の時には全日本スプリントや全日本選手権で優勝しています。

1982年

高校3年生の時に、持病であった腎臓病が再発して入院を余儀なくされています。

さらに、ストレス性呼吸筋不全症を発症して自力で呼吸できなくなったばかりか、入院先の病院でB型肝炎にも感染してしまいます。

そのため1週間にわたり生死の境をさまよっています。

その際には医者からスポーツをやめるようにも言われています。

競技に復帰すると、高校3年生の終わりの全日本選手権では4種目完全制覇を成し遂げています。

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■卒業後

1983年

高校卒業後、富士急行株式会社へ入社。

1994年

富士急行株式会社退社。

1995年

第17回参議院議員通常選挙の比例区に、自民党の森喜朗氏の後ろ盾から立候補し初当選。

国会議員とスポーツ選手の二足のわらじを履き、午前3時に起きて自転車に乗り、昼間に国会議員としての活動をして、夜9時すぎから2時間のウエイトトレーニングという日課を繰り返していた。

1996年

現の職国会議員としてアトランタオリンピックの自転車競技2種目に出場するも、12位と9位に終わりスポーツ選手を引退。

1998年

警察官の一般人男性と結婚。

2000年8月

現役国会議員として2人目、参議院議員としては初めて出産をする。

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■まとめ

橋本聖子さんの最終学歴は北海道の私立駒沢大学附属苫小牧高校を卒業です。

偏差値は42でした

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