樹木希林さん、73年に内田裕也と結婚/略歴
数々の映画、ドラマ、CMで活躍した女優
樹木希林(きき・きりん)さん
(本名・内田啓子=うちだ・けいこ)が
15日に都内で亡くなったことが16日、分かった。
75歳だった。
■個人データ
- 樹木希林(きき・きりん)
- 本名・内田啓子。
- 1943年(昭18)1月15日
- 東京都生まれ。
- 血液型
A型 - 職業
女優 - ジャンル
映画・テレビドラマ - 活動期間
1961年 – 2018年 - 活動内容
1961年 – 文学座に入団 - 配偶者 岸田森(1964年 – 1968年)
- 内田裕也(1973年 – )
- 著名な家族
- 内田也哉子
- 本木雅弘
- 内田伽羅
■学歴
市ヶ谷にある千代田女学園(偏差値48)に入学後、
演劇部に在籍し、その傍ら薬剤師を目指していたが、大学受験直前にスキーで足を怪我したため、大学進学を断念する。
1961年
文学座研究生となる。
当時の芸名は悠木千帆。
■経歴
1964年
ドラマ「七人の孫」で演じた東北弁のお手伝い、おとしさんで注目され、
「時間ですよ」などに出演。
俳優の岸田森と結婚するが、1968年に離婚
1974年
TBSで放送されたドラマ『寺内貫太郎一家』で、小林亜星が演じた主役の貫太郎の実母を演じた
沢田研二のポスターを眺めて「ジュリーィィィ!!」と腰を振りながら悶えるシーンが話題となる。
1977年
「樹木希林」に改名。
1973年10月
内田裕也と再婚するが、1年半で別居し、その後別居生活を続けていた。
1981年
内田裕也が無断で離婚届を区役所に提出するも、樹木は離婚を認めず、離婚無効の訴訟を起こし勝訴した。
その後は1年に1回連絡を取り合う程度の関係となる。
2005年1月
乳癌が判明して摘出手術を受けたことを機に連絡は1か月に1回となり、
以降毎年1月は一緒にハワイで過ごすようになった。
内田との間に1人娘の内田也哉子がいる。
2003年1月
網膜剥離で左目を失明したことを2004年1月に発売した長嶋茂雄との対談本『人生の知恵袋』で告白。
2008年
紫綬褒章を受章した。
2013年3月8日
第36回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。そのスピーチにおいて、全身がんであることを告白。
2018年8月13日
大腿骨を骨折したため同月15日に緊急手術を行った。
2018年9月15日2時45分
東京都渋谷区の自宅で家族に看取られ、死去。
映画代表作は「鶴-つる-」「半落ち」「悪人」「歩いても歩いても」など。
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